夕焼けが目に眩しい。
 後3試合を残して試合は中断した。途中までは、一体どの程度消化できるか危ぶまれたほどだから、思ったよりは順調に進んだことになる。
 こんな楽しい見世物は滅多にないからと勿体ながったのがそもそもの誤りだ。総当たり戦ではなく勝ち抜き戦にしてしまえば、今日一日で終わったに違いない。
 もっとも、観客達は満足げだし、残った試合も好カードという按配で、文句を垂れているのは一人ぐらいなものだろう。
 勝ち点の多い順に名前を挙げてみれば、予想通りに近い順当な並びになっていた。
 現在の一位は月英が得ている。が、試合をすべて消化して勝ち点は26。
 二位につけているのは同率で趙雲、馬超の二人だが、こちらは勝ち点25で更に一試合を残している。試合の結果によっては逆転を狙える位置だが、趙雲の相手は尚香、馬超の相手は孫策と、勝ちを狙いに行こうにも難しい相手だ。勝てば3点、引き分けなら1点だから、頭一つ抜けて優勝するにはどうしても勝たなくてはならない。
 三位がやはり同率の魏延と孫策で、勝ち点は24。魏延は試合をすべて消化しているから優勝はできないが、孫策は二試合を残している。先にも述べたとおり、馬超と一試合、もう一試合は姜維という顔触れで、やはりただでは勝たせてもらえそうにない強敵である。ただしどちらかに勝てば一気に勝ち点27となるから、優勢といえば優勢なのだが、立て続けに試合をしなくてはいけないかもしれず難しい立場といえた。
 後にはホウ統、尚香、姜維と順に続くが、もう逆転は望めない。優勝争いは、趙雲対尚香、馬超対孫策、姜維対孫策の三試合に掛かっていた。

 その晩も、宴が賑やかに執り行われていた。
 費用は何処から捻出するのだろう、予算は大丈夫なのか。
 無駄遣いに類するものではあるが、一晩二晩程度の宴が国の予算の土台骨を揺るがすわけがない。これはの八つ当たりである。
 だが、八つ当たりの一つもしなくては気がすまない。
 人前でこれ以上はない露出(とは感じた)をさせられた挙句、好意からとは言え姜維には胸を掴まれるし、兵士からは冷やかされるしで散々だ。孫策は『自分も握る』等と阿呆なことを言い出すし、台上に戻れば劉備が酔っ払っているし、関羽は珍しく饒舌になって関平の自慢話を始めるし、始めたと思ったら関平が何か不甲斐ない動きを見せたらしく突然顔を強張らせて闘技場を睥睨するし、その顔を見た春花が怯えてにしがみ付いてくるし、酒の匂いを嗅ぎ付けたのか張飛が乱入してくるし、何をとち狂ったのか『星彩はやらねぇぞ』と喚きだすし、酔った劉備が寝惚けての膝に頭を乗せてくるし、邪険にも出来ずに関羽に助けを求めれば微笑ましげに見守られるし、春花は睨んでくるし、要するに何もかもが散々だった。
 宴の場は椅子ではなく敷物に腰を降ろすざっくばらんさで、さすがに隠しようがないと顔を見せた諸葛亮に泣きつけば、不思議そうな顔をして『どうぞご自由に、何なら着替えておいでなさい』と言われた。
 キレそうになりつつも、意固地になって着替えなかった。以前いただいた布をサリーのように巻きつけて露出を抑え、その格好で宴に出ることにしたのだ。我ながら変な格好だと思ったが、ともかく意地を優先させた。
 酔いが醒めた劉備は反省したようだが許してやらず、趙雲ら優勝争いに参じている将の元にも寄り付かない。もっぱら、いいところがなかったと嘆く黄忠など、負けが決まった将達に酌をして回ったのだが、魏延が他の将達と仲良く楽しそうにしていたのはちょっと嬉しかった。
 負けが決まったホウ統に詫びを入れられたが、軽口の応酬をして許してやった。気のせいかホウ統も楽しげで、それもにしてみれば嬉しいことの一つだった。
 関羽が酒を煽りながら関平と語り合っているのを見て微笑ましくなったが、話している内容が褒めたり叱ったり呆れたりと飛びまくっているのに気がつくと、真面目な顔をしているだけに可笑しくてたまらない。酒はやらない関平が情けなさそうな顔をして助けを求めている風だったが、無言でエールを送って後は見て見ぬ振りを決め込んだ。
 そうしてふらふらうろつきまわって、今は気疲れしてこっそり宴を離れ、庭に面した廊下の欄干にもたれている。長い一日にもくたびれ果てたのだ。
 開け放たれた扉や窓から賑やかな宴会の盛り上がりが伝わってくるが、の居る場所は闇の静けさに守られていた。
「お姉さま」
 背後からそっと声が掛かる。
 振り返ると、星彩がおずおずとそこに居た。
「お疲れ様」
 座るかと尋ねると、星彩はこくりと頷いての隣に跪いた。
 その横顔が、固い。
「酔ってしまった?」
 さり気なく水を向けると、星彩は唇を噛み締めて首を振った。
「……優勝、したかったです」
 我を剥き出しにしそうになるのを、必死に抑えているのだろう。星彩の目元に涙が滲むのが、月明かりに反射してよく見えた。
 最初こそ調子の良かった星彩だったが、実戦の経験不足からか月英との試合に僅差で敗れて後、がたがたと調子を崩してしまった。馬超と引き分けた後、すぐに月英との試合になったのも痛かっただろう。疲労が、星彩の持ち味である速さを鈍めてしまったのだ。
 まだ少女の面影の残る星彩の顔を、はじっと見詰めた。
 何と言って慰めていいかわからない。
 そっと肩を抱き寄せると、星彩はの胸に縋って泣き出した。
「それでも、頑張ってたのは、知ってるから」
 結果が伴わなければ意味はないかもしれない。けれど、そうやって足掻くことは尊いことだとは思っている。ひたむきになることは、努力を惜しまないことは、その姿は美しいとは信じていた。
 自分もそうありたい。そうあることで、誰かに認めてもらいたい。
「だから私は星彩を褒めてあげるし、それに、そういう星彩が大好きだからね」
 涙に濡れた顔を上げた星彩の顔が、くしゃくしゃに歪む。
 こんな顔をするのだと、彼女を嫌っていた無双ファンの人達は知らないだろう。
 奇妙な優越感に浸りながら、は星彩を強く抱きしめた。

 顔を洗いに行った星彩と別れて、宴の間に戻ろうとするを横合いから暗がりに引っ張り込む者が居た。
 こんな真似をしでかすのは孫策に違いないと思ったのだが、孫策とは少し違う感じがした。
 舌を絡める深い口付けと、に抵抗の余地を与えない手管には覚えがあった。
「……子龍?」
 上がった息を抑え、恐々と声を掛けると、闇の中で笑う気配がする。
 顎を捉えた指を反射的に引き剥がそうとすると、ぬるりとした感触が耳朶を犯し始めた。
 背中の産毛がそそり立つ。
 声を殺すのが精一杯で、膝ががくがくするのも留められない。
「……馬鹿……っ!」
 暗がりとは言え、城内なのである。いつ誰が通りかからないとも限らない。
「……室に?」
 ようやく声を発したと思ったら、またろくでもないことを訊いてくる。やはり趙雲だった。
「宴の、最中でしょうがっ!」
「大会の最中にあんな格好のお前を見せ付けられて、これ以上我慢できると思ってか」
 よく言う。
 衣装の露出の高さ程度で、趙雲が昂ぶるはずがない。
 がそう言って詰ると、くすくすと忍び笑う声が鼓膜に響く。
「そうだな、私はお前の装束に昂ぶるような趣味嗜好は持ち合わせてない。いつでも、お前そのものに昂ぶっているのだから」
「子龍、いっぺん死んだ方がいいよ」
 何と言う戯けたことを言い出すのかと、は唸り声を上げて趙雲を威嚇する。
 酷い言われように、しかし趙雲は密やかに笑うだけだった。
「そんな風に顔を真っ赤にして言われてしまうと、逆にたまらなくなる」
 顔の熱に更に熱が加わる。熱は、皮膚を伝って体の方まで火照らせていった。

 そんな呼び方は卑怯だ、とは目を固く閉じた。
 鼓膜からさえ熱を煽られて、の膝は自重を支えるのさえままならなくなってきた。
「……子龍のせいだからねっ!」
 一年かそこらで、体がまったく別物になってしまっている。こんな、声だけで煽られるようになるとは思ってもいなかった。知識だけのセックスを、想像するだけでどきどきしていた頃の自分は何と可愛らしかったのだろう。現実は、想像を遥かに凌駕して下品で馬鹿馬鹿しい、それでいて途方もなく淫らなものだった。
 こんなしょうもないことを教え込んだのは趙雲なのだから、悪いのは趙雲に違いない。
 けれど、当の本人は罪の意識に苛まれるどころかけろりとしている。
「何が私のせいなものか」
 鼓膜に程近い場所で音を立てて口付けられ、腰が落ちそうになる。
「私はただ、お前の性を目覚めさせたに過ぎぬ。この淫靡さは、お前の内に眠っていたものに他ならぬのだからな」
 だから、それが余計なお世話だってんだよ。
 の文句は、半ばまで発することも許されずに封じられた。

 室と言うから、趙雲かの執務室に行くのかと思いきや、趙雲はが入ったこともない室にするりと潜り込んだ。中から厳重につっかえ棒を掛けると、を誘う。
「え、ここ、どこ?」
 はきょろきょろと辺りを見回す。
 長机が室の中央に置かれ、横にずらりと椅子が並んでいる。壁際には壷に立てられた竹簡が幾つも置かれ、会議室のような趣があった。
「軍議を執り行う室だ」
 それならばが入ったことがないわけだ。の仕事はもっぱら呉との外交に当てられている。外交と言ってもろくな仕事をしているわけでもなかったが、の立場や能力的に普通の仕事を任せられないという事情もある。
「……って、え、待って待って。え? こ、ここで?」
 こんなところで、という気持ちが強い。情けないことに、心臓がばくばくしているのは怯えからだけではないとわかってしまう。禁忌めいたこの場所に、興奮、している。
「お前の室は見張られているだろうし、私の室もそうなれば似たようなものだ」
 誰に、と問い返すのも馬鹿馬鹿しくて訊けなかった。
 趙雲がを探していたように、馬超や孫策も恐らくを探しているのだろう。
 顔に呆れた表情でも滲んでいたのか、趙雲が少し渋い顔をしているのがわかった。
 長机に押し倒され、背中にひんやりとした冷たさが染みこんでくる。身に纏った布を趙雲が剥がしていくのを、こそばゆい気持ちで見詰めた。
 布を全部剥ぎ取ると、趙雲はそれを机の上に敷き、改めてを寝そべらせた。
 胸の空いた部分から手を入れると、柔々と揉みしだく。少し力を篭めると肉がたわんで、朱色の突起が服の合間から覗いて見えた。
 煽られた足は引き攣ったように折れて、緩く開いた足からは下着が完全に露呈している。盛り上
がった恥丘が下着越しに露になっているのを見て、趙雲は珍しくも舌打ちをした。
「……こんな格好をして、よくもうろうろと」
「好きで着たんじゃないもん、文句があるなら孔明様に言ってくれ」
 泣いて土下座して嫌がれば良かったのだと言われれば確かにそうなのだが、海千山千の女官に囲まれ、悲鳴を上げる暇もなかったのだ。剥ぎ取られて着せられて、それから文句を言っても埒が明かない。その格好で土下座なんかしたら、それこそ尻を丸出しにしなくてはならないではないか。
「どれ」
 突然ひっくり返されて、うつ伏せにさせられる。文句を言おうと頭を上げようとすると、逆に押さえつけられて沈められてしまった。
「なるほど、確かに」
 何がなるほどなんだともがくが、下着を一気に引き摺り下ろされて鳥肌が立つ。
 挿れられるのかと体に力が入った。が、もっと柔らかで濡れた感触に震えが走った。
「やっ、子龍……!」
 ひちゃひちゃという水音が響く。恥ずかしくて耳を塞ぎたくなるが、体の内側から聞こえるような気がして、ただ敷かれた布を握り締めるしか出来なかった。
 しばらくしてようやく濡れた音が止まった。
 荒く息を吐いていると、横合いから趙雲が覗き込んできた。
「……イヤだって、言ってるのに……」
「罰だ」
 恨みがましい言葉も、ただの一言で退けられてしまった。
 だから、文句があるなら諸葛亮に言って欲しいとは思ったのだが、罰と言う名目で楽しんでいるだけだと気付いているから口には出さない。出せば、喜んで軽口を返されるに違いないのだ。
 趙雲の顔がまた引っ込んで、腰を掴まれ引き寄せられる。
「……うー……」
 何をされるのかわかっていても、逆らえずにいる。慣れてしまった自分に自己嫌悪しながら、それでも期待に体が震えるのを止められずにいた。
 熱い感触に喉が弧を描いて反り返る。
 ずるずると押し込まれる熱に、自分の内側がきゅっと収縮するのがわかった。同時に、趙雲の声が掠れる。
「…………」
 気持ちいいのかと問い掛けたくなったが、やはり恥ずかしくてどうしても聞けなかった。
 代わりに、意識してなるべく力を篭めてみた。思うとおりに力が入っているのかどうかはわからな
かったが、趙雲の吐息が熱く弾んでいるような気がした。
 やっぱり、こうすると気持ちいいのだろうか。
 続けてみようとした瞬間、突然動きを荒々しいものに転じた趙雲に体も意識もすべて攫われ、はただ嬌声を上げることしかできなくなってしまった。

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