時間そのものが遅かったこともあり、はそのまま自室に戻ることにした。
 腿の際の濡れたのが、半渇きになってベタついている気がする。気持ち悪いし、匂いに感付かれても嫌だ。
 趙雲に後の誤魔化しを押し付けると、とっとと戻ってきた。
 家ならばともかく、城の執務室ではこういう時何かと不自由だ。朝になったら井戸に行って水をも
らって来ようと思った。冷たさを思うと今から身震いする思いだが、この時間に湯を沸かしてもらう苦労を考えると気軽にお願いする気にもなれない。
 室の扉の前に立つと、すぐ傍の闇の中に誰かの気配があることにようやく気がついた。
 暗殺しようと思えば簡単だよな、と実感を伴わずに再確認した。闇が闇といわれる所以を、この世界に来て初めて知った。音さえも包み込むような、耳鳴りしそうな黒には視界はまったく効かないのだ。
 それでも目を凝らすと、次第に浮き上がってくる人影がある。見えないのは、だけなのかもしれない。人影は真っ直ぐ、怯むことなく目指して歩いてきた。
 馬超だった。
 思い詰めたような顔には、何処か焦りや戸惑いのようなものが見え隠れしている。
 何をしに来たのかと問い掛けるのも野暮な話だ。けれど、たった今趙雲と別れてきたばかりのには、馬超を受け入れられそうもない。受け入れられないというよりは申し訳なくてそうして欲しくない。
 の戸惑いが伝わったのか、馬超の手がの左肘を捕らえた。
 槍を振るうに相応しい、鍛えられたごつい手だ。長い指は男らしく節くれ立っていて、手そのものも大きく力強い。
 この手、好きだな。
 わけもなくときめく。心臓の音がわずかに早まった気がする。

 馬超も、何と言っていいのか躊躇っている節がある。名を呼んだきり、口を閉ざしてしまった。
 埒が明かない。
「孟起、あの、明日もあるでしょ」
 早く休んだ方がいい。
 暗に示すと、馬超の口がぎゅっと引き結ばれた。
 失敗した、と思う間もなく腕の中に巻き締められた。意固地で反発しがちな馬超に、気遣いからとはいえ帰れと言うのは愚の骨頂だった。学習能力がないな、などと考えていると、馬超が無理矢理顔を合わせてきた。
 意識的に馬超から気を逸らしているのに気付かれてしまったのだろう、むっとした顔をしている。
、俺は明日、必ず勝つぞ」
 気負った声に、思わず頷く。頷かざるを得ない迫力があった。
「勝って、優勝する、だから」
 だから。
「駄目」
 その続きを察して、は目を逸らした。
「……何故だ」
 それを言うのは酷な気がした。
 口篭るに、馬超は眉を吊り上げる。
 脇から掬い上げられるようにして室の中に引き込まれる。扉を閉めるのもそこそこ、ずんずんと奥に進む馬超に、は慌てふためく。暗闇の中を突き進んでいるとしか思えず、えも言われぬ恐怖に馬超の肩にしがみ付く。
 振り払われるようにして落とされ、心臓が縮み上がるような痛みを覚えるが、体はさして痛みもせず思ったより高い位置で弾んだ。
 牀に下ろされたのだと理解した瞬間には、馬超に圧し掛かられていた。乱雑に巻いた布は剥ぎ取られ、下着の上からまさぐられる。足を曲げればたくし上がって下着を露出させてしまうような短い裾である。馬超の指を阻むことすらなかった。
 股間の濡れた感触とベタつきに、馬超の怒気が顔に滲み出る。
「他の奴には良くて、俺は駄目だと言うのか」
 そうじゃない。
「……だって、されて、そのままなのに」
 お為ごかしでも何でも、せめて清めてからにしたいと思ってはいけないのか。
 馬超が嫌なのではない。この関係はおかしいと思いつつ、受け入れている自分の理性に疑問を抱きつつ、けれど馬超を受け入れることに最早躊躇いはない。ただ、せめてできるだけ綺麗な体の時に受け入れたいと思う。
 どうしたら伝えられるのか、正直わからない。
「……俺は、」
 それは馬超も同じなのか、声に幾ばくかの逡巡を感じる。
「俺は……だが、お前をそのままにしておく方が、嫌なのだ」
 何が言いたいのかよくわからない。
 ただ、馬超が今すぐを欲しているということだけは、何となくわかった。
 暗闇の中、ぼんやりとしか見えないはずの馬超の目が鋭くを射抜いているのがわかる。
 触れた足が、布越しであるにも関わらず高めの体温を伝えてくるのがわかる。
 聞こえないはずの胸の高鳴りが、空気を伝って響いてくるのがわかる。
「……いいの?」
 趙雲に抱かれていることは、馬超にとっても今更の事実だろう。だが、抱かれた直後に抱くことに違和感や嫌悪感はないのだろうか。
 それこそ、趙雲や孫策は構わないと言うに違いないと確信がある。確たる証はないが、何故かそう思えた。
 けれどどこか潔癖な馬超は容認してくれそうな気がしない。それを強いるのも可哀想な気がする。
 馬超は馬超のままでいるのが良い。正義に熱く、わがままで高飛車で自信家な、子供めいた真っ直ぐさを秘めた馬超であってほしかった。
 自分の為に何かを歪めるようなことになって欲しくない。
「よくない」
 馬超は嫌悪感も露に顔をしかめた。
「良くはないが、だが、お前が他の奴に抱かれたままで眠りに着くのを考えるとたまらん」
 むっと顔をしかめ、目を瞑って想像でもしたのだろうか、目を開けた途端苦いものを噛み潰した顔をする馬超に、は思わず吹き出してしまった。
「……笑い事ではない」
 そう言いつつも、馬超の顔も笑みに緩んだ。
「……いいか?」
「……孟起が、いいなら」
 は柔らかく目を閉じ、体から力を抜いた。
 けれどやはり、馬超の指が触れた瞬間に走る衝撃に、体が跳ね上がるのは止められなかった。

 夜遅くだったが、の室の狭い牀で隣り合わせには寝られない。
 試合があるから無理させるわけにもいかないと、は渋る馬超を送り出した。
「私が乗ってたせいで腕が痺れたなんて言われたら、冗談じゃないから」
「乗ってただろう」
 本気で殺してやろうかと殺気を醸しだすと、馬超は軽く微笑んでに口付けを落とした。廊下ではあったが夜遅くと言うこともあり、甘んじて受け入れる。
 照れ臭そうな馬超の顔に、甘やかな感傷が広がる。
「ではな。戸締りは、しておけ」
「うん、おやすみ」
 馬超の姿が見えなくなるまで見送ると、扉を閉めて戸締りを施す。
 頬の辺りがほわほわして、足元も浮ついたように覚束ない。
 牀の前まで歩いてきて、ようやくそこで胡坐をかいている孫策を見出した。
「…………」
「…………」
 お互いに無言で見詰め合う。
「っっっっっ!!」
「わ、馬鹿」
 悲鳴を上げそうになるの口を孫策の手が押し留める。
 勢い羽交い絞めの体勢になり、じたばたもがくがおとなしくなるまで、孫策はを抱きしめ続けた。
 ようやく落ち着いたが、口を塞いでいる孫策の手の甲をぱしぱしと叩く。
「……夜中だ、大声出すと騒ぎになる。わかんな?」
 念押しで確認する孫策に、はこくこくと頷いた。
 解放され、口の中に残る孫策の手の味にむずむずと唇を蠢かす。
「で、あの、いつからいたわけ」
 ここが肝心と目を吊り上げるに、孫策は事もなげに『さっきからずっと』と答えた。
 ぶるぶると拳を震わせたまま声もないに、孫策は今更というようにへらりと笑った。実際、今更なのだろう。趙雲とも、馬超とも、同時にを犯した孫策だ。最中の間もこっそりと相手がどういう表情で、どういう手管を以ってを抱いているのかまで見ていたに違いない。
 熱の極みの最中で悪趣味にもほどがあるが、の丸ごと全部が好きだと言い放つ孫策だから、本当にそうしていたと言われても違和感はない。
 変な男だなぁと再確認した瞬間、の中の怒りもげんなりと萎えた。
 孫策の隣に腰掛けると、深々と溜息を吐く。
「……何しにきたって、聞くまでもないよね?」
「おう、抱きに来た」
 あっさりきっぱりと言い切った孫策に、の溜息はただ深い。
「……孟起としてたのは、知ってるよね?」
「おう、どうせその前に子龍としてたんだろ?」
 これまたあっさりと言い当てる。
 確かにそうなのだが、こうもきっぱり言い放たれると反抗したくなってくる。
「何でそんなことわかるのよ」
「だってよ、お前があんなカッコしてうろついてて、子龍がお前に何かしねぇわけねぇもんな」
 だろ、と真顔で問われる。
 それはそうなのだ。合っている。合っていれば快くなれるかと言えば、まったく逆なのだが。
 どんよりとワケもなく落ち込むを、孫策はきょとんとした顔であどけなく覗き込んでくる。
 如何したと問われても、疲れたとしか言いようがない。
「俺の相手は」
「する気かよ」
「しないのかよ」
 孫策との遣り取りは、どうしてもこんな軽口の応酬になる。欠片も楽しくないと言えば嘘になるが、馬鹿馬鹿しいと思わないでもない。
「……大喬殿としなよ……」
「バッカ、大喬は大喬だろ。お前はだろ」
「……意味わかんないよ」
 何でわかんないんだよと孫策が喚きだしたので、は孫策の額にぴしゃりと平手を打ちつけた。夜中だから静かにしろと言ったのは孫策なのだから、これぐらいの制裁は構うまい。
「擦れちゃって痛いから、もうヤダ」
 孫策相手だと、何故か素直に言えるから不思議だ。馬超や趙雲相手にこんなことは言えない。
言ってはいけない気がするのだ。
 孫策は、そっかと呟くとしばらく腕組みをして考え始めた。
「……じゃあよ、口は?」
 半目で呆れたように睨むのだが、孫策は子供がおねだりをするように体を擦り付けてくる。猫のようにしつこい仕草に根負けして、了承した。
 喜々として下半身を脱ぐ孫策に、セックスをスポーツと嘯く連中の主張も、あながち間違いではない気がしてきた。孫策を見ていると、何と言うか、神聖な性交渉もたいしたことではない気がしてしまう。
 屈みこんで両の手で支えると、舌で舐め上げる。
 頭の上から歯を噛み締めて耐えるような声が零れ落ちてきた。息が熱く弾んでるのがわかる。
 うーむ。
 舌でしばらく舐め転がしてからおもむろに口に含むと、孫策の足がびくりと震えた。
 ちゅる、じゅる、と音を立てて刺激してやると、孫策の声もそれに合わせて漏れる。
 何か、なぁ。
 指で擦ったり、唇で吸い上げたりするのだが、なかなか達する気配がない。固く熱り勃っているにも関わらず、先走りの汁が溢れるばかりだ。段々顎が疲れてきた。
「……ごめん、まだ?」
 我慢できなくなって、萎えるようなことを訊いてしまう。
 孫策は気にした様子もなく、照れ臭そうに頭を掻いた。
「ん、気持ちイイんだけどな、あんまイイからイキたくなくなっちまった」
「……コラ」
 うへへへ、と笑う孫策の無邪気さに毒気が抜かれる。
「……やっぱ、中に挿れさせてくんねぇか? が好きな体位ですっから」
「体位言うな」
 とは言っても、口でするのももう限界だ。顎が痛いのもあったし、孫策の熱い吐息や声に体が熱くなってしまっていた。
 恥ずかしいけれど、嫌だったけれど、やはり体の変化は隠しようがない。欲しがっていることは、触れられればすぐにわかってしまうだろう。自分でもわかるくらい濡れていた。
「……前、から……」
 ぼそりと呟くと、孫策はを抱きかかえて横たわる。
「……で、あの……ぎゅっ、て、して……」
 動きにくいと笑いつつ、孫策はの背に腕を回してぎゅっと抱き寄せた。
 心地よい息苦しさは、甘い陶酔感に変わる。
「……後……口っていうか……あの……言葉……っていうか……」
 孫策は要領を得ないまま口篭ってしまったに首を傾げたが、不意に腰を揺らして押し入ってきた。
 ゆっくりとした侵入に、却って苦しくなって声を上げる。
「すげ、狭いな」
 孫策が思い出したように耳元に囁く。ひくりと引き攣る皮膚に、孫策の指が食い込んだ。
「あったかくて、柔らけぇ……でもすげぇ締め付けてくる。すげ、気持ちイイ」
 からかうような声は笑みを含んでいる。同時に艶めいてもいて、の耳にじわりと響いた。
「……今、きゅって締めた。お前にもわかるか? 自分で締めたの」
 首を振って否定する。ぞくぞくしたものが体中を駆け回った。
 察しのいい孫策に煽られ、苛まれる。
 強く抱き締めた体勢では上手く動けないようだったが、激しく突かれるよりも濃い悦を感じた。
 耳元で孫策が苦笑する声が聞こえる。追い詰められているように息が上がってる。
「やべぇ、ホントにすげぇ締め付けてくる。イキて……」
「……ん、いいよ」
 じんわりと熱くこみ上げる悦が涙を押し出しているのか、目が潤んできた。
 自分も限界のような気がする。
「……じゃ、ちょっとごめんな」
 孫策は腕を放すと、の膝を抱えて動きやすいように体制を変えた。
「……っ……」
 喉元まで押し込まれるような強い衝撃を感じ、は息を飲んだ。唇を噛み締めて声を殺すが、意識が徐々に消し飛ぶにつれ、自然に唇が解けてしまう。
「あ、駄目、だめ、お願い……お願いっ!」
 見下ろす孫策の目も、悦で霞んで覚束ない。
 苦笑して歪む唇から、ちろりと赤い舌が覗いて上唇を舐め上げる。
「……すげぇ、やーらしーよな、……しょーがねー奴」
 一度放って項垂れるはずの肉は、すぐに固くなってを責め立てた。
「……最後だから……いいよな、な?」
 放ったまま抜きもせず、また腰を揺らめかす孫策の問いかけはには届いていない。
 ただ自ら大きく膝を割り、遮二無二孫策の首にしがみ付いた。

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