医師の目が険しい。
 はびくびくとしながら、医師の診断を待った。
「……何を、なさっておられるのかな」
 主語がない。
 だが、は思い当たる節があり過ぎて苦笑いを浮かべた。
 ここ数日、馬超がの室に通ってくる。が夜中、出歩いたりしないよう抱き締めて眠る為だ。
 致し方ない話なのだが、問題は、馬超が必ず致してから眠りに着くことだった。
 致してから眠りにつくのは、致し方ないとは言えない。むしろ致してはならないと言い含められているのに致しているので始末に負えない。
 致さなくてもいいのではないかと進言するものの、イヤだ致すと返されては如何ともし難い。
 いいよ、もう。
 は暴走しがちな脳内を諌め、医師に言い訳するべく口を開こうとして、機先を制された。
「馬将軍は、お前さんを籠の鳥か何かになさりたいのかね」
 そんなわけはない。と思う。
 だが、思い詰めたような顔で圧し掛かってくる馬超が、の足を気遣ってくれているかと言えば是とは言えない。
 事に夢中になればどうしても足に負担がかかるし、それをわからないはずがないのだ。
 うぅむ、と唸り声を上げるに、医師は笑った。
「……あの、と言うか、私……寝惚けて、室の中うろついているみたいなんですよ」
 すべてお見通しと言わんばかりの医師相手に、下手な隠し立ては無用だと思った。いい機会だからと姿勢を正して医師に向き直る。
「だから、それで……あの、まぁ、押さえてもらってって感じで」
「何も挿れんでも良かろうよ」
 それでも何とか誤魔化しつつ話そうとするに、医師は辛辣なまでに率直な言葉を使う。
 はぁ、まぁ、そっスね、と、さすがのもたじたじになった。
「将軍の地位にあろう方が、我慢の足らんことじゃな。お前さんも、もう少し抗わんといかん」
 はぁ、まぁ、そっスね。
「せめて日を置くなりしてもらわんといかんな。……で、お前さん、寝惚けてたら言う話に何か原因となるような心当たりはないのかね」
 さすがに腕利きの医師というだけあって、夢遊病と言う病名は知らずとも、その症例は知っているようだった。
「はぁ、まぁ、そっスね」
「それしか言えんのか」
 は再び唸り声を上げて考え込む。
 心当たりがあれば、とっくに当たっているのだ。
 帰りたかった蜀に帰ってこれたし、馬超の家人は皆よくしてくれるし、休みを与えられて、日々書簡に目を通すような気楽な身分だ。
 ストレスなど、感じようがない。
 早く治して呉に向かう準備をしなければと思うのだが、足は未だに治らないし、実を言うと馬超の帰りが遅くなった日に、どうもまたふらふら歩いてしまったらしいのだ。
 覚えてないのか、と白い目を向けた馬超の不機嫌なことと言ったらなかった。
――良かったのか悪かったのか。
 致さないのがストレスだという説は消去されたが、そうなるとますます心当たりがない。
「……外に出られんというのが、原因やもしれぬな」
 一度、馬車でも仕立てて外に行くといいかもしれん。
 医師はそう言い残し、とにかく動かすなと命じて帰っていった。

 馬超に医師から聞いた話を言って聞かせると、馬超は少し嫌な顔をした。
 既にを押し倒し、怪我した足を肩に掲げている体勢だから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。
 片手で乱れた襟を押さえ、精一杯の愛想笑いを浮かべながら、もう片方の手で馬超の胸を押し返している。
 そんなの手を恨みがましく見下ろしながら、馬超はの足をそっと下ろした。
「……俺は、これでも気を使っているつもりなのだがな」
 の足に巻かれた布を、やわやわと撫で摩る。もはや癖に近い。
 けれど、やはりとしては、夢中になってしまえば互いに足のことなど構っていられなくなるし、そも足のことを気遣い続けるほど意識を散らしているなら、相手にとって失礼な話のような気がした。矛盾だが。
「あのー、やっぱり辛いようなら」
「嫌だ」
 が何も言い出さないうちから、馬超は口をへの字にして却下する。
 何を言おうと見越しているのかわからないが、あまりに怒ったような顔をしているので言い出せないのだ。
「……でもさ、やっぱり、治らないと私も困るから、さ」
「そんなに呉に行きたいか」
 あれ、とは馬超を見詰めた。
「孟起に言ってあったっけ、呉に行くこと」
 何の気ない言葉だった。
 本当に何でもない、何とも思っていないという声の調子だった。
 馬超の頭の中で、何かが弾け飛ぶような音がした。
 は気付いていない。哀れな程鈍いのだ。
 怒りを通り越して無表情になった馬超は、放つ殺気を除けば常と表情は変わらない。
 とは言え、今の馬超には、気付きもせず薄笑みを浮かべる呑気なの顔は、憎悪の対象にしかならなかった。
 眉間がびりびりと痺れたようになって、馬超は顔を抑えて蹲った。
「どうしたの、孟起」
 は馬超の顔を覗き込むようにするが、足の痛みが邪魔をして上手く屈めずにいた。
「何故だ」
 声の調子が強張っているのも、くぐもっていての耳には届かなかった。
「何? 聞こえないよ、孟起」
 耳をそばだてるの胸倉が、馬超の拳によって掴まれ、握り締め上げられる。
 突然のことに唖然とするは、ただ目を見開くしか出来なかった。
 牀の真ん中に投げ出され、横転した拍子に足首を捻ってしまう。
 痛みに呻くに、馬超は容赦しなかった。
 引き摺り上げ、仰向きに倒すと、の肩を跨いで己が物を押し付けた。
「やっ」
 口を開いた瞬間に突き込まれ、まるで交わるように前後に揺すられる。
 喉を突く昂ぶりに吐き気がこみ上げるが、馬超は目にも入っていないかのようにただ腰を揺する。
 馬超の顎が鋭く反らされ、大きく突き出した昂ぶりから、熱い粘液が迸った。
 射精の勢いでの唇から跳ね上がったものは、の頬や髪を白く汚した。
 呆然と馬超を見上げるは、信じられないものを見ているかのように顔を強張らせている。
 馬超の指が滑りを掬い、の口元に流し込もうとする。
「嫌っ!」
 反射的に顔を反らして叫ぶに、馬超の目は残酷に歪んだ。
 まだ濡れる先端をの顔に押し付け、拭うように動かす。
 が泣き喚いて嫌がるが、馬超は止めようともしなかった。
 裾をたくし上げ、股間に手を滑り込ませる。
「お前は、嫌がってなどいないだろう!」
「嫌だって言ってるでしょっ!」
「ならばこれは何だ!!」
 泣いて拒絶するのを、膣に無理矢理指を突き込み、抉ると、馬超の指に滴るほどの透明な雫が纏わりついていた。
 顔を反らし、目を閉じて否定するの顔に塗りたくると、の目から嫌悪の涙が零れた。
「呉になど、行かせない。行かせんぞ、!」
「仕事だもん!」
 叩きつけるような言葉に、馬超ははっとした。
「仕事だもん、仕事で行くんだもん! 命令、だから、そういう約束、で、帰って、きたのに、なのに、……っ……」
 後は嗚咽に紛れてしまい、が何を言っているのか馬超には聞き取れなかった。
 力が抜け、腰を落とした馬超の眼前で、は体を小さく丸めて泣き崩れている。
「…………」
 虚ろな馬超の目に、はとても脆弱な存在に見えた。

 泣き喚いている声は大きいのに、馬超にはそれさえも、生まれたての無防備な赤子の泣き声のように感じられる。
……悪かった。俺が悪かった」
 嫌がって身を引くのを力で抑え、腕の中に抱き締めた。
 顔を見せないで済むようにしたことに安堵したのか、は馬超の腕を拒むのを止め、代わりに馬超の肩口をぽかぽかと殴り始めた。
 駄々っ子のような仕草に、だが馬超は胸に痛みを覚えた。
 またやってしまった。
 そう感じた。
 短気から、を傷つけ泣かせるのは何度目になるだろう。その度に、もうやるまい、もう繰り返すまいと固く心に誓うのに、また同じことをしてしまった。
「……行かせたく、ない……俺の傍に、ずっと置いておきたい。俺は、それだけだ」
 それだけのことなのに、どうしてこんなことになるのか。
 馬超自身にもよくわからなかった。
「そ、そんな言い方、ない!」
 しゃくり上げ、未だ涙を止められぬままのが吠える。
「こんな、勝手して、滅茶苦茶して、それだけって、何! 何なの、それ!」
 勢い込み過ぎてが咽ると、飲み込んだ精と思しき粘液が口の端から零れ落ちる。馬超は無言のままの背を摩り、袖で口元を拭ってやった。
「私だって、ずっと帰って来たかっ、のにっ……」
 再び咽る。
 苦しそうな呼吸の合間に、罵声が飛ぶ。よほど腹に据えかねたらしい。
 馬超はただ黙ってに罵られ続けた。
「……何か、言いなさいよ……言えっ!」
 自分だけが喚き散らしていることにすら腹が立ち、は馬超を睨みつけた。
「俺が、悪かった」
 絶句して、険しい目で馬超を睨めつけていたの目が、ふっと悲しげに緩んだ。
 顔を覆って泣き出すを、馬超は愛おしげに抱き締める。
「お前が愛おしくて、たまらなくて、どうにもならない時がある。……俺には、どうしていいかわからん」
「私にだって、わかんな、い、よっ!」
 腕の中で、が怒ったように吐き捨てた。
 勝手だ、自分のことなのにそんなの、と責め続ける。
 そうだな、すまん、と馬超は素直に詫びた。の髪を繰り返し撫で、その頬に自分の頬を摺り寄せた。
「……汚い、よ」
 馬超を力ない手で押し退け、は頬に塗り篭められた愛液を手の甲で拭う。だが、それらは既に粗方涙で洗い流されていた。代わりに涙の筋が残っているのを、は乱暴に拭った。
 擦れてみるみる赤くなっていく皮膚を、馬超はの手を取り押さえて、舌で拭う。
「……だから、汚いってば」
 口では逆らうものの、はおとなしく馬超のしたいようにさせた。
 馬超が顔を上げ、の体を背中から抱きこむ。
 包み込まれるような感触に、は何も言わずに背中からもたれた。
「……無理矢理とか、やだよ、孟起」
 昨夜まで、は馬超を受け入れていた。拒絶していたわけでもないのに、いきなり乱暴されるのは不条理な気がする。
 呉に行くことだって、そうだ。幾ら気に入らないからと言って、突然暴力をふるって良い訳がない。が無神経だと責められるのは仕方ないとして、話し合えばそれで済むことではないか。
「悪かった」
 理性を取り戻した馬超は、素直に己の非を認め、詫びた。
「お医者様……医師殿だって、私が治れば別に文句言わないでしょうよ。患者じゃなくなるんだし」
「そうだな」
「こんなことしてたら、私、歩けなくなるよ。足、痛いよ」
「悪かった」
 仕事なんだよ、命令なんだよ、蜀の為なんだよとは馬超を詰る。耳元で、その度に馬超は謝罪し、の言葉を肯定する。
「…………」
「…………」
 の言葉がふつりと途切れ、それに併せて馬超も押し黙る。
 もういい加減、呆れられてもおかしくない。
 自覚のある馬超には、この沈黙が恐ろしかった。許してもらえないのではないか、見放されるのではないかと汗が浮いた。
 不意にの手が、馬超の手を取った。
 振りほどかれる。
 ぞっとして身を強張らせる馬超だったが、は馬超の手を己の足の間に導いた。
 布越しにも関わらず、それとわかるほど濡れた感触に驚き、思わずの顔を見る。が、は馬超の視線を嫌って顔を背けた。
 晒された項まで赤くなっている。
 生唾を飲み込み、その首筋に口付けた。熱を帯びた皮膚の感触に、鼓動が高鳴る。
 己の愚行を許し、自ら求めてくれたに、馬超は歓喜の余り我を忘れた。
 の足を抱え上げ、軽々と膝の上に乗せる。
「……足……動かしたら……っ……」
 急速な昂ぶりの侵入が、の声を塞いだ。

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