「誰も貴方の容姿のことなんか、気にしてないと思うよ」
唐突な物言いに、龐統は敢えて動じない振りをした。
確かに、本当は誰も龐統の容姿のこと『なんか』気にしていないのかもしれない。
だが、それを今初めて顔を合わせた女に言われたくはない。
龐統の味わった苦痛を知るのは、本人である龐統以外には有り得ないのだ。
醜い。
その事実に変わりはない。
正直という名の残酷な子供達は、正直に龐統を扱った。
美しいものを好む年頃の娘達は、美しくない龐統から目を背けた。
龐統が顔を隠すのは、醜いからではない、醜いと思われていると分かるから隠すのだ。
それを晒せと言う。
晒せば、堂々としていれば、誰も何も気に掛けないと言う。
ご立派な話だ。
鬱陶しいばかりの正論だ。
世界は、そんな生易しいものではない。
それは、仁徳の人と謳われる劉備が龐統に下した扱いでも良く分かろうと言うものだ。
劉備も最初は龐統を粗雑に扱った。
何となれば、姿が疎ましかったからだ。
人が人を外見で判断することは、別におかしなことではない。
むしろ、基準として用いられる極ありきたりなものだ。天が与えた美醜は、その本人の才でもある。
それに、醜いからこそ受けられる恩恵も、ない訳ではない。
美しいから受けられる恩恵に比べれば、負け惜しみじみた微々たるものかもしれないが、それでも皆無という訳ではない。
要するに、龐統は己の醜さをそれはそれとして受け入れている。
受け入れているものを、今更顔を晒せ堂々としていろと言われても困惑するのみだった。
しかし、女は懇々と龐統を説き伏せる。
龐統は醜くなどない、尊敬に足る人物だ、だからもっと普通にしていていいんだ、云々。
聞いている内、龐統は段々、これは自分の妄想ではないかと思い始めた。
本当は、龐統はここに来た時のまま、一人切り株に腰掛けて夏の日差しを避け、涼んでいるだけなのではないか。
夏の暑さに、封印していた思いが解けて、女の形を成して語り口調で囁いているのではないかと思った。
そうであると声高に主張し、受け入れて欲しいのではなかったのだ。
そうだよ、と諭し、だから大丈夫、すべてを受け入れようと約定してくれる『誰か』が欲しかっただけだ。
今、正にその状況に巡り合い、しかし龐統は虚しさに沈む。
醜いからと恥じる必要がないと力説する他者は、龐統を醜いと蛮声を以て叫んでいるのと変わらない。
だったら、そんな味方が有難い筈もない。
実際立ち会ってみなければ、分からない事実だった。
成程ねぇ、と龐統は一人、感嘆の声を漏らす。
結局、味方が欲しい訳ではなかったのだと知れた。
では、いったい何が欲しかったのだろう。
「お前さん、と言ったっけね」
話の途中で名を呼ばれ、は口を閉ざした。
根は悪い女ではないのかもしれない。
龐統は、足元に咲いていた鳳仙花の花を、ついっと指した。
「ご覧」
居り良く膨らんだ実に触れると、ぱちん、と勢い良く弾け飛んだ。
「分かるかね。……触らなければいいものを、わざわざ触れれば見たくもないものを剥き出しにしてしまうことだってあるってことさ。それが触れていいものかどうか、分かるのは本人だけってこともあるだろう。それを、何でまたいちいち触って寄越すんだね。あっしが頼んだことだったかね? 触れなければ忘れていたかもしれない。自分の御尊顔なんざ、拝みたくても早々拝めやしないっていうのにさ。そうじゃないかね。御親切なのは結構だが、それが土足で踏みにじるのと変わらないかもしれないってことは、よくよく覚悟をしておくことさ」
龐統の流れるような弁論に、は黙したままだった。
ただ、その表情は曇り、見る間に泣き出しそうなそれに変わっていく。
ふ、と龐統の口元に笑みが浮かんだ。
とりあえず、今欲しかったのはどうやら八つ当たり先であるようだった。
「……悪かったね。だが、もうこの話は無しにしないかね。あっしもいい加減、そこそこの年をこの面相で過ごしてきたんだ。それを、見も知らないお前さんに言われるのは、ちっとばかり堪えるんでね」
龐統は、またも気を遣って居る自分に苦笑する。
醜いから嫌われないようにと、何に付け尻拭いをする癖が付いていた。
さもしい、と我ながら思う。
「でも」
がぼそりと呟いた。
「たまには、そうやって吐き出したらいいと、思う」
今はが居る。
たまには、諸葛亮辺りに吐き出してもいいだろう。友なのだから、苦笑の一つで済ましてくれる。気が治まらないなら、愚痴だすまないの一言も添えれば良かろう。
「どうせだから、もっと吐き出してもいいし。今なら、私が聞けるから」
の手が、固く握り込まれる。
龐統は、不意にくつくつと笑い出した。
「……いいさ。もう、十分吐き出させてもらった。有難うよ」
本当に、本当にと執拗に訊ねるを、龐統は軽く首を振ってあしらう。
「愚痴ってぇのは、あんまりしつこくするもんじゃないさ。却って、毒が増そうと言うものだ。……有難さん、こんな愚痴を吐いたのは、本当に初めてだよ」
少しではあるが、すっとしていた。
綺麗に納まることはあるまい。
また、それでいいと思っている。
穏やかに緩む龐統の目を見てか、もやっと信じてくれたようだった。
「良かった」
と、の姿が消えた。
現れた時と同じように、唐突に、何の前触れもなかった。
龐統は動じもせず、ゆったりと腰掛けている。
人の姿、人の気を持っていたけれど、ひょっとしたら人ではないのかもしれないと大様に考えていた。
森の霊気が、龐統の隠れた心を読み取って、現れたのかもしれない。
ならば、ここに来れば再び会うこともあるかもしれなかった。
「それまでどうぞお達者で、ってところかね」
龐統は腰を上げると、城への道をのんびりと戻る。
日差しが、強く龐統を照らしていた。
終